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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)255号 判決 1999年3月30日

東京都港区新橋2丁目16番1号 ニュー新橋ビル513号

原告

株式会社河村スクリーンプレート製作所

代表者代表取締役

河村恭輔

訴訟代理人弁護士

寺島健造

弁理士 戸村隆

フィンランド国、エフアイエヌー78300

ヴァルカウス、キエル トティエ 27

被告

シーエーイー スクリーンプレイツ オーワイ

被告代表者

ユハ ヴァラヤ

代表者

エイネ イムモネン

訴訟代理人弁理士

岡部正夫

加藤伸晃

産形和央

岡部譲

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成6年審判第18121号事件について平成8年9月10日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「スクリーンプレート」とし、1983年1月26日にフィンランド国においてした出願に基づく優先権を主張して、昭和59年1月19日に特許出願、平成4年2月18日に設定登録された特許第1640176号の特許発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成6年10月28日に本件発明に係る特許の無効の審判を請求し、特許庁は、同請求を同年審判第18121号事件として審理した上、平成8年9月10日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同月25日に原告に送達した。

2  特許請求の範囲1の項

外皮面、及びふるい分けされる物質の流れ方向と交差する方向に伸びた複数の溝を有し、各溝は外皮面に対してほぼ直角である上流側面と外皮面に対して60乃至5度の角度で傾斜している下流側面とを有し、各溝の低部には複数のふるい目が配設されていることを特徴とする円筒プレッシャスクリーンプレート。(別紙図面1参照)

3  審決の理由

別添審決書の理由の写のとおりである。以下、米国特許第3535203号明細書(審決の甲第1号証)を「引用例」、引用例記載の発明を「引用発明」という。引用発明については、別紙図面2参照。

4  審決の取消事由

審決の理由【1】は認め、同【2】はほぼ認める。同【3】の1の(1)のうち、本件明細書の発明の詳細な説明の欄に、発明の目的を特に摘示して記載しているところはないこと及び審決摘示の記載があること(7頁10行ないし9頁6行)は認め、その余は争う。同【3】の1の(2)のうち、本件明細書の発明の詳細な説明の欄に、発明の効果を特に摘示して記載しているところはないこと及び審決摘示の記載があること(10頁1行ないし11頁16行)は認め、その余は争う。同【3】の1の(3)は争う。同【3】の2のうち、前書(原告の主張内容を要約した部分)も(1)、(2)は認める。同【3】の2の(3)の<1>のうち、本件発明と引用発明とが技術分野が共通することを認め、目的(技術的課題)が相違していることは争う。同【3】の2の(3)の<2>のうち、本件発明と引用発明が、その目的を達成するために採用している構成は、いずれも、溝の下流側を傾斜面に形成している点では共通していること及び審決摘示の記載が本件明細書にあることを認め、その余は争う。同【3】の2の(3)の<3>、同【4】は争う。

審決は、本件明細書の発明の詳細な説明の欄に当業者が容易にその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないことを看過し、また、進歩性の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(明細書の記載不備)

ア 審決は、本件明細書の5か所の記載を摘示して、本件明細書の発明の詳細な説明の欄には、目的が窺知し得る程度に開示されている旨認定判断した。

しかし、明細書中の5か所の記載、しかも、そのうち作用及び効果についての記載でもあるとも指摘している部分に基づかなければ発明の目的が分からないような記載は、当業者が容易に実施できる程度にその発明の目的が記載されているとはいえない。

また、審決は、村井操・中西篤「製紙工学」(昭和48年9月10日、工学図書株式会社発行、以下「甲第7号証刊行物」という。)の記載から、加圧スクリーン(円筒プレッシャスクリーン)自体が加圧供給された紙パルプの原料から、異物(塵)を除去することを本来の目的としていることを技術常識と判断した。

しかし、同書籍には、加圧スクリーン(円筒プレッシャスクリーン)が「同時に紙料を均一に分散させる効果を持たされている」(306頁下から3行)との記載があり、審決は、これを考慮せずに判断したから、誤りである。

イ 審決は、本件明細書の4か所の記載を摘示して、本件明細書の発明の詳細な説明の欄には、効果が窺知し得る程度に開示されている旨認定判断した。

しかし、明細書中の4か所の記載、しかも、そのうち目的及び作用についての記載でもあるとも指摘している部分に基づかなければ発明の効果が分からないような記載は、当業者が容易に実施できる程度にその発明の効果が記載されているとはいえない。

また、審決は、「長繊維の収量が増す。」との部分を、本件発明の効果についての記載であるとしている。そして、長繊維の収量が増すことに関しては、本件明細書に「2個の隣接スロット又は孔の有効距離はピッチの約1.5倍であるため、従来のスクリーンプレートに比して、ステープリング現象を引起さずに、ピッチを縮小できる。従って、高い収容力が得られる」(5欄1行ないし5行)との記載があるが、ステープリング現象(隣接する2つのスロットに長い繊維の両端が引っかかって目詰まりの原因となる現象)の減少は、本件発明のスクリーンプレートの「上流垂直下流傾斜の溝形状」の構成に基づいた効果ではない。

ところが、審決は、この点について、全く判断せず、しかも、被告が効果の記載であると指摘しなかった他の記載箇所をもって、本件発明の効果が窺知し得る程度に開示されていると判断しているから、この判断は、誤った結論付けである。

(2)  取消事由2(進歩性の判断の誤り)

ア 審決は、本件発明の目的を、「紙パルプの原料から、パルプと異物とを効率よくふるい分けること」としている。しかし、本件発明の目的は、「ふるい目の目詰まりを防止すること」にある。また、仮に、本件発明の目的が「紙パルプの原料から、パルプと異物とを効率よくふるい分けること」であるとしても、それは、ふるい目を小さくしたり、そのピッチを短縮しても目詰まりを防ぐことにより達成ざれるものである。したがって、本件発明の目的は、間接的にせよ「目詰まり防止」にあるといえる。

一方、引用発明は、ヘッドボックスに最終紙となるパルプを均等に分配することを目的としているとしても、目詰まりが生じては均等に分配することはできない。言い換えれば、目詰まりを防ぐことにより均等に分配し得るものであるから、本件発明と引用発明とは、その目的は実質的に同じである。

イ 審決は、本件発明と引用発明は、目的を達成するために採用している構成は、溝の下流側を傾斜面に形成している点では共通であるが、かかる構成に基づく機能(作用)は相違すると認定判断した。

しかし、審決が認定した本件発明の作用のうち、「紙パルプの原料が回転軸の方向に移動しつつ」及び「ふるい分けされないパルプと異物とを円筒プレッシャスクリーンプレートの排出側(廃棄物質端)へ移動する」との作用は、溝の下流側を傾斜面に形成する構成による作用ではない。

そして、上記構成に基づく機能(作用)は、両者とも、溝の下流側でパルプが滞留(停留)することなく下流側へ移動するということであるから、機能(作用)に相違はない。

ウ 審決は、本件発明は、紙パルプの原料を効率よくふるい分けることができるという引用発明からは期待し得ない効果を奏すると認定判断した。

しかし、甲第7号証刊行物に、「同時に紙料を均一に分散させる効果ももたされている。」(306頁下から3行ないし2行)と記載されるように、この種スクリーンは、もともと引用発明と同様の効果を奏するものである。

また、本件発明の上記効果は、周知の円筒プレッシャスクリーンプレートの当然の効果(特開昭57-25494号公報(審決の甲第3号証、以下「甲第5号証刊行物」という。)4頁左下欄13行ないし19行参照)と同じであるか、少なくともそれらから予測されるものである。

エ 本件発明と引用発明とは、構成が共通であるから、仮にその作用(機能)及び効果等が相違するとしても、これらの差異は、構成の相違点によるものではない。

そして、特許法において保護の対象となるのは、発明の目的、作用効果ではなく、構成であるから、進歩性の判断に当たっては、構成上の難易について判断すべきである。

本件発明と引用発明には、構成上、前者が円筒プレッシャスクリーンプレートであり、後者が平板状の多孔板であることを除き、他の構成は共通している。

そして、本件発明の目的は、いずれの形状であっても、その目的が達成されるものである。また、円筒プレッシャスクリーンプレートは、特開昭55-128094号公報(審判の甲第2号証、以下「甲第4号証刊行物」という。)、特公昭45-36958号公報(審判の甲第4号証、以下「甲第6号証刊行物」という。)、甲第5号証刊行物に開示されているほか、本件出願の相当以前から公知公用であり、平板を丸め製造されてきたものであるから、引用例の多孔板を丸めることにより簡単に製造することができるものである。そして、両発明が同一の技術分野に属するから、甲第5号証刊行物記載の発明に引用発明の技術を適用することは、当業者が容易にし得たことである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。審決の認定判断は正当である。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

ア 本件明細書は、審決において認定されたとおり、「紙パルプの原料から、パルプと不純物及び木くずなどの異物とを効率よくふるい分ける」という本願発明の目的を全体として十分に開示している。

イ 原告は、ステープリング現象の減少は、「上流垂直下流傾斜の溝形状」の構成に基づいた効果ではないと主張する。しかし、ステープリング現象の減少は、「上流垂直下流傾斜の溝形状」によってもたらされる効果ではないが、本件出願時の発明者の認識である「ふるい目を溝の底に配置し、溝の両サイドの形状を変えることによって、繊維ネットにかかる攪拌力を調整する」という技術的思想から必然的にもたらされる効果であり、本件発明の「上流垂直下流傾斜の溝形状」においても当然に存在するものである。

(2)  取消事由2について

ア 本件発明の目的は、審決も正しく認定するとおり、「紙パルプの原料から、パルプと異物とを効率よくふるい分ける」ことにあり、そのための構成として、スクリーンプレート上の溝を「上流垂直下流傾斜の溝形状」としたものである。原告は、あたかも「ふるい目の目詰まりを防止すること」が本件発明の主たる目的であるかのように主張するが、これは、本件発明の構成によってふるい目の間隔が広がるため、ステープリング現象の防止も図ることができるという二次的あるいは結果としての副次的な作用効果なのである。

原告は、引用発明に目詰まりの防止の目的あるいは機能がある旨主張するが、これは誤りである。用発明においては、孔の付近に引っかかって滞留し成長した繊維の塊は、やがて流れ出すが、それはプレート上のその孔、又は下流方向の別の孔を通過して流出するのであり、その塊によって孔が目詰まりを生じることは通常あり得ない。したがって、引用発明が目詰まりの防止を目的とするということは、間接的にせよあり得ないことである。

仮に孔の目詰まりを生じさせるほどの巨大な繊維の塊が生じたとしても、それは、孔の入り口に引っかか、って滞留した繊維が次第に成長した結果として巨大になったのであるところ、繊維の滞留がはなはだしく孔の目詰まりを生じさせるほどのものは、そもそもヘッドボックスの孔明きプレートとしては失格である。したがって、そのような事態を回避すること自体が引用発明の目的であるかのようにいう原告の主張は失当である。

イ 原告は、本件発明も引用発明も、溝の下流側を傾斜面に形成する構成に基づく機能(作用)は、溝の下流側でパルプが滞留(停留)することなく下流側へ移動するということであると主張する。

原告は、審決が、本件発明について「孔の下流側で異物を含んだ紙パルプの原料が滞留するととなく円周方向に移動する」(22頁14行ないし16行)とし、引用発明について「最終紙となるパルプを孔の下流側近傍で停流(滞留)することなく多孔板に沿ってその下流側へ移動する」として、類似の表現を用いていることを根拠とするものと思われる。しかし、審決は、原料のふるい分けに使われるスクリーンプレートと、ふるい分けられたパルプをヘッドボックスからワイヤに均等に供給する多孔板という両者の基本的相違を前堤として記載されており、その前提を無視するかのような議論で溝の果たす作用が同一であるとする原告の主張は論旨の飛躍がありすぎる。

ウ 原告は、甲第7号証刊行物の「同時に紙料を均一に分散させる効果ももたされている。」との記載をもって、スクリーンプレートが引用発明と同様の効果を奏するものであると主張する。

しかし、スクリーンプレートは、異物を含んだパルプ原料から良質の紙繊維をこし分けることを目的とするものであるが、こし分けた良質の繊維が紙料中に均一に、からみあうことなく分布されていることも重要な問題であり、甲第7号証刊行物は、このことを述べているのである。

一方、引用発明のようなヘッドボックス内の多孔板は、上述のようにスクリーニング(こし分け)された均質の繊維紙料を抄紙機のヘッドボックスの幅一杯に均等に分配することによってワイヤ上に均一に供給することを目的とするものである。すなわち、「均質に分散させる」とは、スクリーンプレートにあっては原紙料中から良質の繊維成分のみをこし分けて均質な純良紙料を生成するとの意であり、ヘッドボックス内の多孔板にあっては純良紙料をワイヤにまんべんなく均等に振りかけることを意味しているのである。

よって、甲第7号証刊行物と引用発明における「紙料を均質に分散させる」という共通の表現は、たまたま表現上類似しているというだけにすぎず、その技術的な意味内容は全く異なるのである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

第2  取消事由1について判断する。

1  目的の記載について

(1)  本件明細書には、本件発明について、次のとおり記載されていることは、当事者間に争いがない。

「本発明は、主に紙パルプのふるい分けに使用されるスクリーンのスクリーンプレートに関する。」(本件公告公報2欄19行ないし20行)、「紙を製造する場合は、パルプの品質を損う、物質内の不純物及び木くずを除去するふるい分けを行わなければならないが、これは、平形スクリーン、遠心スクリーン文はプレッシャスクリーンにより、段階を変えて行われる。」(本件公告公報2欄21行ないし25行)、「良好なふるい分けを期待する場合は、2つの相反する要件を満たす必要がある。即ち、先ず、パルプからできる限り異物を除去しなければならないが、これには、ふるい目を非常に小さくする必要がある。反対に、パルプから最大量の許容物質を取り出さねばならず、そのためには、透過性を良くするため、開口面積をかなり広げる必要がある。」(同3欄29行ないし36行)、「ふるい分け効率の点から、強力な動液圧流を、スクリーシプレート表面に隣接する最良品質繊維層のふるい目付近で作用させることが肝要である。」(同4欄12行ないし15行)、「理想的なふるい分けを達成するには、パルプを均質な懸濁液として、ふるい分けゾーンに残さなければならないが、それでも事実上は、フロキュレーション及び縮充が発生する。繊維くず玉は容易に除去されるが、同時に最良品質繊維も排除される。」(同4欄27行ないし32行)

(2)  そして、甲第7号証刊行物にれば、加圧型スクリーン(プレッシャスクリーン)は、加圧供給された紙パルプの原料から異物を除去することを目的としていることが準術常識であることが認められるが、上記技術常識を考慮すると、本件明細書の発明の詳細な説明の欄には、紙パルプの原料から、パルプと不純物及び木くずなどの異物を効率よくふるい分けるという目的について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているというべきである。

(3)  原告は、明細書中の5か所の記載、しかも、そのうち作用及び効果についての記載でもあるとも指摘している部分に基づかなければ発明の目的が分からないような記載は、当業者が容易に実施できる程度にその発明の目的が記載されているとはいえないと主張するけれども、本件明細書には、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明の目的が記載されていることは前記認定のとおりであって、目的が記載されている箇所が5か所にわたり、それが作用及び効果についての記載でもあるとしても、前記認定を左右するものではない。

また、原告は、加圧スクリーンには、同時に他の効果も持たされていると主張する。しかし、他の効果も持たされているとしても、加圧スクリーンの目的は加圧供給された紙パルプの原料から異物を除去することであることが技術常識である以上、上記他の効果もあることは、前記認定の妨げとなるものではない。

原告の主張は、失当である。

2  効果の記載について

(1)  本件明細書には、本件発明について、次のとおり記載されていることは、当事者間に争いがない。

「スクリーンプレート付近には、3層の分離パルプ層がスクリーン半径方向に形成される。これらの層の繊維及び木ぎれ含量は異っている。スクリーンプレートに最も近い層は最良品質の繊維を含んでおり、次の層は長い繊維、堅い繊維束及び木ぎれを含んでいる。」(本件公告公報4欄4行ないし9行)、「ふるい分け効率の点から、強力な動液圧流を、スクリーンプレート表面に隣接する最良品質繊維層のふるい目付近で作用させることが肝要である。しかし、動液圧流は、木ぎれ及び繊維束含量が多い、ネットを形成する層に阻まれて、自由に移動できなくなる。本発明によるスクリーンプレートは軸方向に流れる流れに対して自由空間を残すことにより、上記ネット層に起因する不利な効果を軽減する。ネットは溝底部に接触できない。さらに溝の両縁及び溝頂部に付着したネットは、半径方向の流れを阻止するため、軸方向の流れが増す。」(同4欄12行ないし23行)、「本発明によるスクリーンプレートの表面で、溝頂部は、繊維くず玉を砕解させて、氈床を防止する微乱流を引起す。そのため、特に長繊維が縮充しようとするため、長繊維の収量が増す。」(同4欄33行ないし36行)、「円滑にふるい分けたい場合、又は例えば振動スクリーンの場合は上流側面を、スクリーン面の外皮面に対して直角にすると共に、下流側面を外皮面に対して傾斜させる。」(同5欄17行ないし20行)

(2)  以上の記載及び前記1の認定にかかる本件発明の目的を考慮すれば、本件明細書の発明の詳細な説明の欄には、溝の下流側面を外皮面に対して傾斜させることにより、紙パルプの原料を移動しやすくして、パルプと異物とを効率よくふるい分けることができるという効果について当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているというべきである。

(3)  原告は、明細書中の4か所の記載、しかも、そのうち目的及び作用についての記載でもあるとも指摘している部分に基づかなければ発明の効果が分からないような記載は、当業者が容易に実施できる程度にその発明の効果が記載されているとはいえないと主張するけれども、本件明細書には当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明の効果が記載されていることは前記認定のとおりであって、効果が記載されている箇所が4か所にわたり、それが作用及び効果についての記載でもあることは前記認定を左右するものではない。

また、原告は、長繊維の収量が増すのは、本件発明め効果ではないと主張するものとも解される。しかし、前記(1)の摘示に係る本件明細書の記載によれば、本件発明の構成により、スクリーンプレートの溝頂部の微乱流により長繊維が縮充しようとするために長繊維の収量が増すものと認められるから、上記は本件発明の効果というべきである。

更に、原告は、審決において、ステープリング現象の減少は、本件発明のスクリーンプレートの「上流垂直下流傾斜の溝形状」の構成に基づいた効果ではないとの原告の主張に対して判断せず、被告が効果の記載であると指摘しなかった他の記載箇所を根拠として本件発明の効果を判断しているから誤っている旨主張する。しかし、審決は、本件明細書の発明の詳細な説明の欄に、発明の効果が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていると判断しているのであって、これに反する原告の主張に対する判断をしているものというべきであるし、また、審決が上記判断に当たり、当事者が明示的に効果の記載として指摘していない箇所を考慮したとしても、そのことで審決が違法となるものではないから、原告の主張は失当である。

第3  取消事由2について判断する。

1  本件発明と引用発明の目的(技術的課題)について

(1)  甲第3号証(引用例)によれば、引用例には、引用発明について以下の記載があることが認められる。

「本発明は、抄紙機のための片側入口ヘッドボックス用多孔板に関する。」(訳文1頁下から5行)、「この多孔板の目的は、パルプの流れを90゜偏向させること、および、ヘッドボックスの幅いっぱい均等にパルプを分配することである。」(同2頁1行ないし3行)、「先行技術によるこの種の多孔板は、分配管に面する多孔板の表面上の各孔の下流縁においてパルプの流れの中に停流点が形成されるという事実を原因とする、特定の厳しい難問題の影響を被る。」(同頁7行ないし9行)、「これは、絡まった数本の繊維かち成る長いスレッド(thread)はもちろん、パルプの中の個々の繊維が停流点において孔の尖鋭下流縁にまつわり付き、繊維の束を形成する傾向を持つことになることを意味する。この繊維の束が非常に大きくなって孔を通る流れに悪影響を及ぼすことがあり、また、最終的に孔の縁から引き取られるほど十分に大きくなったとき、繊維の束はパルプの流れによって運ばれ、孔とヘッドボックスとを通して抄紙機のワイヤの中に至り、繊維の分配を不均等にし、したがって、生産される紙の質を低下させる原因になる。」(同頁12行ないし18行)、「本発明の主たる目的は、・・先行技術の多孔板の前記の短所が除去される多孔板を提供することである。この目的のため、本発明に従った多孔板は、分配管に面する多孔板の表面中に多孔板中の各孔に関連した凹部を備えており、前記凹部は前記孔から下流にあり、事実上孔の直径を越える長さを分配管の中のパルプの流れの方向に有する。凹部の底はストレートであるか滑らかなカーブをなしており、多孔板の表面に滑らかに合体する。そのことによって、各孔の下流の停流点は、孔の下流縁から隔たった滑らかな表面に置かれることになる。・・・尖鋭な縁が存在しないのであるから、この停流点において繊維の束が集積する危険はない」(同2頁20行ないし3頁3行)、「本発明に従い、分配管に面する多孔板の表面中の凹部は、好ましくは、多孔板に対して垂直であり、分配管中のパルプの主たる流れ方向と平行である平面中に事実上三角形である断面を有する。この三角形断面の特徴は、ほとんどがストレートである上流側が多孔板の平面に対してほぼ垂直であり、孔の上流縁において多孔板の表面と交差していること、および、ほとんどストレートである下流側が多孔板の平面に対して30゜の角度、好ましくは10゜と15゜との間の角度をなしていることである。」(同3頁5行ないし10行)。

(2)  甲第7号証の2(甲第7号証刊行物)及び弁論の全趣旨(とりわけ、被告の技術説明書による説明)によれば、製紙の工程において、ヘッドボックスに供給されるのは、スクリーンを通って異物が除去された後の水溶液状のパルプであること、加圧型スクリーンプレートのふるい目の孔の大きさは、通常は0.2ないし0.3ミリメートル前後であること、ヘッドボックス用多孔板の孔の直径は、通常は数ミリメートルないしセンチメートルの単位の大きさであることが認められる。

(3)  上記(1)、(2)の事実によれば、引用発明は、ヘッドボックス用多孔板であるところ、これは、異物が除去された後の水溶液状のパルプをヘッドボックスからワイヤに供給する工程で使用されるものであり、パルプの流れを90゜偏向させること及びヘッドボックスに異物が除去された後の水溶液状のパルプを均等に分配することを目的としているものであることが認められる。

一方、本件発明の目的は、紙パルプの原料から、パルプと不純物及び木くずなどの異物を効率よくふるい分けるというものであることは、前記第2の1の認定のとおりであるから、本件発明と引用発明の目的は異なるものというべきである。

(4)  原告は、本件発明の目的は、間接的にせよ「目詰まり防止」にあり、引用発明は、目詰まりを防ぐことによりパルプを均等に分配し得るものであるから、本件発明と引用発明とは、その目的は実質的に同じであると主張する。

しかし、引用発明は、上記(1)の記載のとおり、ヘッドボックスの多孔板において、繊維が停流点において孔の尖鋭下流縁にまつわり付き、繊維の束が非常に大きくなつたとき、孔に貝詰まりするのではなく、孔を通過してしまうため、ヘッドボックスにパルプを均等に分配できないことを問題としているのであるから、目詰まりの防止を目的とするものではないことは明らかである。

なお、原告は、本件発明の目的が間接的にせよ、目詰まり防止にあると主張するけれども、引用発明の目的が目詰まりの防止ではない以上、上記主張の当否に関やらず、本件発明と引用発明の目的は異なるものといわざるを得ない。

したがって、原告の主張は、採用することができない。

2  本件発明と引用発明の作用効果について

(1)  甲第2号証によれば、本件明細書には、「本発明によるスクリーンプレートの特徴はスクリーンプレートのふるい目が、溝の底部で、ふるい分けされるパルプの流れる方向から偏倚した方向に配設されていることにある。溝の形状は、ふるい分けされるパルプの特性によって異なる。溝の側壁の形状を変えることにより、繊維ネットにかかる攪拌力を調整できる。」(5欄10行ないし16行)、「第1図に示す様に、軸線と平行する溝2はスクリーンドラム1の内面に形成されている。パルプはスクリーン内で、矢印B方向に回転されると同時に、回転軸の方向に移動してドラムの廃棄物質端に向う。移動の円周方向の分力は、軸線方向の分力よりかなり大きいため、溝の方向と、パルプの流れ方向との角度はほぼ直角になる。」(5欄23行ないし29行)、「第2図において、外皮面と上流側面4との間の角度α、即ち、上流側面に近接する外皮面の正接面と上流側面との間の角度は、約90度であり、また外皮面と下流側面5との間の角度βは、5乃至60度であり、好適には約30度である。この形状にすると、スクリーン表面に形成される繊維ネットを完全に破壊せずに脈動させることができる。」(5欄32行ないし39行)との記載があることが認められる。

(2)  上記事実及び前記第2の1及び同2の各(1)の事実によれば、本件発明における溝の下流側を傾斜面に形成している構成による作用は、スクリーシプレートにおいて、木ぎれ及び繊維束含量が多いネット層にがかる撹拌力を調整し、これを脈動させ、紙パルプの原料を移動しやすくするというものであることが認められる。

一方、前記第3の1の(1)の認定事実によれば、引用発明における溝の下流側を傾斜面に形成している構成による作用は、ヘッドボックスの多孔板中の各孔の下流縁に尖鋭な縁が存在しないため、孔の下流縁に繊維がまつわりついて束を形成せず、したがって、ヘッドボックスに水溶液状のパルプを均等に分配することができるというものであることが認められる。

そうすると、本件発明と引用発明の上記構成による作用は異なるものというべきである。

(3)  もっとも、原告は、溝の下流側を傾斜面に形成する構成に基づく作用は、本件発明も引用発明も、溝の下流側でパルプが滞留(停留)することなく下流側へ移動するということであると主張する。しかし、本件発明における上記構成による作用は、前記(2)の認定のとおりであって、引用発明のように、孔の下流縁に繊維がまつわりついて束を形成しないというものではないから、原告の主張は失当である。

(4)  また、原告は、甲第7号証刊行物の記載を根拠として、スクリーンプレートも、引用発明も、紙料を均一に分散させるという同一の効果があう旨主張する。

そこで、検討するに、甲第7号証の2によれば、甲第7号証刊行物には、スクリーンの目的として、「紙料中に存在する離解が不充分な繊維束、からみつきによって生じた繊維塊等の粗大なものを除くのであるが、同時に紙料を均一に分散させる効果ももたされている。」(306頁下から4行ないし2行)との記載があることが認められ、上記訳載によれば、上記「紙料を均一に分散させる効果」とは、パルプ原料からこし分けた良質の紙繊維が紙料中に均一に分布されていること、すなわち、こし分けて得られた水溶液状のパルプが均質であることを意味しているものと認められる。

一方、前記第3の1(3)の認定事実によれば、引用発明は、スクリーンプレートによってこし分けて得られた水溶液状のパルプが均質なものであることを前堤として、これをヘッドボックスに均等に分配することを目的とするものであると認められる。そうすると、スクリーンプレートも、引用発明も、効果が同一ということはできないから、原告の主張は採用することができない。

なお、原告は、本件発明の効果が、従来のスクリーンプレートと同じであるか、それから予測されるものであると主張するが、上記主張は上記第2の2(1)摘示の記載に徴し、採用することができない。

3  構成の容易性について

(1)  原告は、本件発明と引用発明には、構成上、前者が円筒プレッシャスクリーンプレートであり、後者が平板状の多孔板であることを除き、他の構成は共通しており、円筒プレッシャスクリーンプレートは、引用発明の多孔板を丸めることにより簡単に製造することができるものであるから、円筒プレッシャスクリーンプレートである甲第5号証刊行物記載の発明に引用発明の技術を適用することは、当業者が容易にし得たことであると主張する。

(2)  しかし、本件発明と引用発明は、前者が円筒プレッシャスクリーンプレートであり、後者がヘッドボックス用の平板状多孔板という点で構成が相違しているのであって、両者の相違は、単に円筒形と平板状という点のみではないところ、円筒プレッシャスクリーンプレートが、引用発明のヘッドボックス用多孔板を丸めることにより簡単に製造することができるものであることを認めるに足りる証拠はない。かえって、プレッシャスクリーンプレート(加圧型スクリーンプレート)は、紙パルプの原料から異物を除去するものであって、ふるい目の孔の大きさは、通常は0.2ないし0.3ミリメートルであるのに対し、引用発明のヘッドボックス用多孔板は、水溶液状のパルプをヘッドボックスに均等に分配することを目的とするものであって、その孔の直径は、通常は数ミリメートルないしセンチメートルの単位の大きさであることは前記第2の1の(2)及び第3の1の(2)認定めとおりであるから、引用発明のヘッドボックス用多孔板を丸めたとしても、孔が大きすぎるために紙パルプの原料からパルプと不純物及び木くずなどの異物をふるい分けることはできず、円筒プレッシャスクリーンプレートは製造できないものといわざるを得ない。すなわち、引用発明の多孔板は、ヘッドボックス用であることからして、紙パルプの原料から異物を除去するという円筒プセッシャスクリーンプレートの作用効果を示唆するものではないのである。

そして、引用例に、紙パルプの原料から異物を除去するというプレッシャスクリーンプレートの目的に関する作用効果の記載ないし示唆があると認めるに足りる証拠は奪い。また、円筒プレッシャスクリーンプレートないし本件発明において、引用発明が問題としているような、ふるい目の孔の下流縁に繊維がまつわりついて束を形成し、それが非常に大きくなったとき孔を通過してしまうため、ヘッドボックスにパルプを均等に分配できない等という現象が問題とされていたと認めるに足りる証拠もない。更に、本件発明と引用発明の目的及び作用効果が異なることは、前記1及び2認定のとおりである。

したがって、技術分野が同一であるとしても、プレッシャスクリーンプレートである甲第5号証刊行物記載の発明にヘッドボックス用多孔板である引用発明の技術を適用することは、当業者が容易にし得たものということはできない。この点に関する原告の主張も、失当である。

4  以上のとおり、甲第5号証刊行物記載の発明に引用発明の技術を適用することは、当業者が容易にし得たものではないから、本件発明が引用発明と甲第4ないし第6号証各刊行物記載の発明と引用発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないとした審決の認定判断は、相当である。

第4  よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成11年3月16日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

<省略>

理由

【1】手続の経緯及び発明の要旨

本件特許第1640176号(以下、「本件特許」という。)は、西暦1983年1月26日フィンランド国にした特許出願(本件特許の第1国出願)に基づいて、パリ同盟条約による優先権を主張して、昭和59年1月19日に特許出願(特願昭59-6405号)され、平成1年3月17日に出願公告(特公平1-15633号)がなされた後、平成4年2月18日に特許権の設定登録がなされたものである。

本件特許発明の要旨は、願書に添付された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲(出願公告後、平成2年12月19日付の手続補正書により補正された特許請求の範囲)に記載された次のとおりのものであると認める。

「外皮面、及びふるい分けされる物質の流れ方向と交差する方向に伸びた複数の溝を右し、各溝は外皮面に対してほぼ直角である上流側面と外皮面に対して60乃至5度の角度で傾斜している下流側面とを有し、各溝の低部には複数のふるい目が配設されていることを特徴とする円筒プレッシャスクリーンプレート。」

【2】当事者の主張

1. 請求人の主張

請求人は、「本件特許発明の特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との審決を求め、その無効理由として、概略以下のとおり主張する。

(1) 無効理由1

本件特許発明は、甲第1~第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号により無効とすべきである。(請求人の平成8年5月17日付の口頭審理陳述要領書1 第3頁(3)項~第20頁(7)項)

(2) 無効理由2

本件特許は、その明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的及び効果を記載していないので、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。よって、同法第123条第1項第4号により無効とすべきである。(請求人の平成8年6月11日付の口頭審理陳述要領書2 第2頁(1)項~第8頁(2)項)

(3) 証拠方法及び参考資料

請求人が提出した証拠方法及び参考資料は、以下のとおりである。

証拠方法

甲第1号証;米国特許第3535203号明細書

(1970年10月20日特許)

(訳文を含む)

甲第2号証;特開昭55-128094号公報

甲第3号証;特開昭57-25494号公報

甲第4号証;特公昭45-36958号公報

参考資料

参考資料1;三省堂「広辞林」

参考資料2;平凡社「世界大百科辞典」

参考資料3;日刊工業新聞社「図解機械用語辞典」

参考資料4;パルプ・アンド・ペーパー(訳文を含む)

参考資料5;異議決定の謄本(ラモール社)

参考資料6;異議決定の謄本(田村治氏)

参考資料7;特許権利者側の書簡(訳文を含む)

参考資料8;請求人の書簡

参考資料9;特許権利者側の書簡(訳文を含む)

参考資料10;東京高裁判決5(行ケ)第185号(抜)

参考資料11;東京高裁判決2(行ケ)第120号(抜)

参考資料12;東京高裁判決3(行ケ)第205号(抜)

参考資料13;東京高裁判決2(行ケ)第234号(抜)

参考資料14;東京高裁判決3(行ケ)第185号(抜)

参考資料15;東京高裁判決元(行ケ)第57号(抜)

参考資料16;特開昭59-7594号公報

参考資料17;特公平1-15633号公報

参考資料18;昭和55年公開特許目次(抜)

参考資料19;昭和57年公開特許目次(抜)

参考資料20;昭和59年公開特許目次(抜)

参考資料21;特開昭59-43187号公報

参考資料22;特開昭59-106593号公報

参考資料23;AIKAWA TECHNIKAL INFORMATION 相川 FINE PLATE ラモー ファイン・プレート 1~4頁

参考資料24;AIKAWA スクリーンプレート

参考資料25;日刊紙業通信 平成5年5月24日付

なお、請求人は、審判請求書に添付した証拠方法のうち甲第5、第6号証を撤回し、甲第7~第23号証を参考資料とした。

2.被請求人の主張

被請求人は、結論と同旨の審決を求め、請求人の主張する理由及び提出された証拠方法のいずれによっても本件特許を無効とすることはできない、旨答弁する。

そして、被請求人が提出した証拠方法及び参考資料は、以下のとおりである。

証拠方法

乙第1号証;ペーパー トレード ジャーナル紙1973年9月号抜粋

参考資料

参考資料1;AIKAWA TECHNIKAL INFORMATION

(C)スクリーンバスケット(Fine Plate)の7~9頁

【3】当審の判断

1. 無効理由2について

請求人が主張する無効理由2は、明細書の記載不備を理由とするものであるから、先ず、明細書の記載について検討する。

(1) 目的について

本件特許の明細書の発明の詳細な説明中には、発明の目的を特に摘示して記載しているところはない。

しかし、発明の詳細な説明中には、

「本発明は、主に紙パルプのふるい分けに使用されるスクリーンのスクリーンプレートに関する。」(出願当初明細書;4頁7~9行、本件特許の公告公報;2欄19~20行)、

「紙を製造する場合は、パルプの品質を損なう、物質内の不純物及び木くずを除去するふるい分けを行わなければならないが、これは、平形スクリーン、遠心スクリーン又はプレッシャスクリーンにより、段階を変えて行われる。」(同;4頁10~14行、同公報;2欄21~25行)、

「良好なふるい分けを期待する場合は、2つの相反する要件を満たす必要がある。即ち、先ず、パルプからできる限り異物を除去しなければならないが、これには、ふるい目を非常に小さくする必要がある。反対に、パルプから最大量の許容物質を取り出さねばならず、そのためには、透過性を良くするため、開口面積をかなり広げる必要がある。」(同;6頁7~15行、同公報;3欄29~36行)、

「ふるい分け効率の点から、強力な動液圧流を、スクリーンプレート表面に隣接する最良品質繊維層のふるい目付近で作用させることが肝要である。」(同;7頁17~20行、同公報4欄12~15行)及び

「理想的なふるい分けを達成するには、パルプを均質な懸濁液として、ふるい分けゾーンに残さなければならないが、それでも事実上は、フロキュレーション及び縮充が発生する。繊維くず玉は容易に除去されるが、同時に最良品質繊維も排除される。」(同;8頁13~18行、同公報4欄27~32行)

等の記載があることが認められる。

ここで、加圧スクリーン(円筒プレッシャスクリーン)自体が加圧供給された紙パルプの原料かう、異物(塵)を除去することを本来の目的としているという技術常識(昭和48年9月10日、工学図書株式会社発行、著者 村井操、中西篤 「製紙工学」312頁「加圧スクリーン」の項;これは、被請求人が平成8年4月23日に行われた口頭審尋のとき提示した資料である。)を考慮に入れると、上記記載からみて、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、紙パルプの原料から、パルプと不純物及び木くずなどの異物とを効率よくふるい分けるという目的が窺知し得る程度に開示されているものといえる。

(2) 効果について

本件特許の明細書の発明の詳細な説明中には、発明の効果を特に摘示して記載しているところはない。

しかし、発明の詳細な説明中には、

「スクリーンプレート付近には、3層の分離パルプ層がスクリーン半径方向に形成される。これらの層の繊維及び木ぎれ含量は異なっている。スクリーンプレートに最も近い層は最良品質の繊維を含んでおり、次の層は長い繊維、堅い繊維束及び木ぎれを含んでいる。」(同;7頁8~15行、同公報;4欄4~9行)、

「ふるい分け効率の点から、強力な動液圧流を、スクリーンプレート表面に隣接する最良品質繊維層のふるい目付近で作用させることが肝要である。しかし、動液圧流は、木ぎれ及び繊維東含量が多い、ネットを形成する層に阻まれて、自由に移動できなくなる。本発明によるスクリーンプレートは軸方向に流れる流れに対して自由空間を残すことにより、上記ネット層に起因する不利な効果を軽減する。ネットは溝底部に接触できない。さらに溝の両縁及び溝頂部に付着したネットは、半径方向の流れを阻止するため、軸方向の流れが増す。」(同;7頁17行~8頁9行、同公報4欄12~23行)、

「本発明によるスクリーンプレートの表面で、溝頂部は、繊維くず玉を砕解させて氈床を防止する微乱流を引起こす。そのため、特に長繊維が縮充しようとするため、長繊維の収量が増す。」(同;8頁19~9頁3行、同公報;4欄33~36行)及び

「円滑にふるい分けたい場合、又は例えば振動スクリーンの場合は上流側面を、スクリーン面の外皮面に対して垂直にするとともに、下流側面を外皮面に傾斜させる。」(同;10頁11~14行、同公報;5欄17~20行)

等が記載されていることが認められる。

これらの記載及び上述した発明の目的を考慮に入れると、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、溝の下流側面を外皮面に対して傾斜させることにより、紙パルプの原料を移動しやすくして、パルプと異物とを効率よくふるい分けることができうという効果が窺知し得る程度に開示されているものといえる。

(3) 以上のとおりであるから、本唇特許の明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易に把握し得る程度に発明の目的及び効果が開示されているものと認められるので、「発明の詳細な説明には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の目的及び効果が記載されていない」旨の請求人の主張は理由がない。

2. 無効理由1について

請求人は、本件特許発明と甲第1号証に記載されている発明との相違点は、多孔板が、前者は円筒状であるのに対し、後者は平板状である点だけであり、スクリーンプレートが円筒状のものは、甲第2号証乃至甲第4号証に開示されているから、本件特許発明は、甲第1~第4号証に記載きれた発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張する。

(1) 本件特許の第1国出願前に頒布された刊行物である、甲第1~第4号証に記載されている事項について以下検討する。

甲第1号証;

抄紙機のヘッドボックスについて記載され、<1> 抄紙機は、ワイヤ1に抄紙用パルプを供給するヘッドボックス2を備え、そのヘッドボックス2の片側には分配管3が設けられ、ヘッドボックス2と分配管3の間には、多孔板5が設けられて構成されていること、

かかる構成からなっていると、分配管3の入口開口4から供給されたパルプは、多孔板5に設けられた孔6を通してヘッドボックス2に供給され、そのパルプはヘッドボックス2からワイヤ1に供給されて抄紙され、一方、多孔板5の孔6を通ってヘッドボックス2に入らないパルプは、出口開口7から出て再び入口開口4から再供給されること(原文3欄6~30行;訳文4頁参照。)、

<2> 先行技術によるこの種の多孔板は、各孔の尖鋭下流縁が停流点となり、パルプの繊維が尖鋭下流縁にまつわり付いて束となり、孔を通る流れに悪影響を及ぼすことがあり、また、その束が最終的に孔の縁から引き取られるほどに大きくなったとき、繊維の束はパルプの流れによって運ばれ、下流側の孔とヘッドボックスとを通して抄紙機のワイセの中に至り、繊維の分配を不均等にし、生産される紙の質を低下させる原因になる短所を有していること(1欄56行~2欄26行;訳文2頁)、

<3> この発明は、先行技術の多孔板の短所が除去される多孔板を提供することを目的とするもので、多孔板は、分配管に面する表面中に各孔に関連した凹部を備えており、その凹部は孔から下流にあり、事実上孔の直径を超える長さを分配管の中のパルプの流れ方向に有すること、

凹部の底はストレートであるか滑らかなカーブをなしており、多孔板の表面に滑らかに合体し、そのことによって、各孔の下流点は、孔の下流縁から隔たった滑らかな表面に置かれること、

尖鋭な縁が存在しないので、この停流点において繊維の束が集積する危険はないこと(原文2欄7~26行;訳文2~3頁)及び

<4> 分配管に面する多孔板の表面中の凹部は、好ましくは、多孔板に対して垂直であり、分配管中のパルプの主たる流れ方向と平行である平面中に事実上三角形である断面を有すること、この三角形断面の特徴ま、ほとんどがストレートである上流側が多孔板の平面に対してほぼ垂直であり、孔の上流縁において多孔板の表面と交叉していること、

ほとんどストレートである下流側が多孔板の表面に対して30゜の角度、好ましくは10゜と15゜との間の角度をなしていること(原文2欄27~46行;訳文3頁)

等が記載されているものと認められる。

これら記載及び図面を参照すると、要するに、甲第1号証には、抄紙機のヘッドボックス入り口側に設けられる多孔板について、パルプの流れ方向と直行する方向に溝で形成された凹部を複数備え、その凹部にはパルプが通る複数の孔が設けられ、その凹部はパルプの流れ方向の上流側が垂直で、孔の下流側が多孔板表面に対して、30゜の角度、好ましくは10゜と15゜との間の角度をなす傾斜面に形成された平板状の多孔板の発明が記載され、この多孔板は、孔の下流側で、パルプの繊維がまつわりついて、孔を通る流れに悪影響を及ぼすことがなく、繊維束にならないようにするとともに、ヘッドボックスへのパルプの分配が均等に行われるようにすることを目的としてなされたものである旨記載されていることが認められる。

甲第2号証;

スクリーンドラム及びその製造方法について記載され、この種のスクリーンドラムは、一般に製紙工場の圧力スクリーン等荷重を受けるスクリーン装置に使用されること(2頁上左欄17~20行)、スクリーンドラム5が長方形板の対向板18を溶接して製造され、複数の長孔を有する長方形板を丸めて複数の再筒状のスクリーン部材に仕上げ、これらを強めリングを介して溶接して円筒状のスクリーンドラムを製造すること(3頁上左欄9行~下左欄2行)等が記載されていることが誤められる。

甲第3号証;

スクリーン円筒は、多数の均一な円筒状穿孔を有するプレート材料から作られ、この穿孔プレートを円筒状にロール加工する旨(2頁上右欄10~14行)、一般的加圧スクリーンでは、孔を丸孔でなく、細長いスロットにする旨(2頁下左欄2~7行)が記載されていることが認められる。

甲第4号証;

紙パルプの原料を加圧のもとに、ろ過するようにした精製装置に使用される円筒形スクリーンプレート、及び円筒形スクリーンプレートは、その表面に棒状片5と孔を設けたものであることが図面とともに記載されているものと認められる。

したがって、これら甲第2~第4号証から、紙パルプの原料からパルプと異物とをふるい分ける装置に用いられるスクリーンプレートとして、多孔板からなる円筒プレッシヤスクリーンプレートは、本件特許の第1国出願前から周知であることが認められる。

(2) 対比

そこで、本件特許発明と甲第1号証に記載された発明(以下、「引用発明」という。)とを対比すると、甲第1号証には、多孔板を紙パルプの原料のふるい分けに使用することについては記載されていないが、本件特許発明の円筒プレッシャスクリーンプレートのふるい目というのは、作用的に表現されているだけで、パルプを通す孔であることが明らかであり、また、引用発明の多孔板の孔も、パルプを通す孔であるから、両者は、パルプを通す孔を備えている点では相違しない。

そうすると、本件特許発明と引用発明とは、「外皮面、及びパルプの流れ方向と交差する方向に伸びた複数の溝を有し、各溝は外皮面に対してほぼ直角である上流側面と外皮面に対して60乃至5度の角度で傾斜している下流側面とを有し、各溝の底部には複数のふるい目が配設されている多孔板」の点で共通するが、本件特許発明は、紙パルプの原料のふるい分けに使用される円筒プレッシャスクリーンプレートであるのに対して、引用発明は、パルプを均等に分配するヘッドボックスに使用される平板状の多孔板である点で相違する。

(3) 相違点の判断

そこで、上記相違点について検討する。

<1> 本件特許発明と引用発明とは、紙の製造分野において使用されるものである点では、技術分野が共通するが、その目的(技術的課題)は相違している。

すなわち、本件特許発明は、円筒プレッシャスクリーンプレートが、紙パルプの原料(水溶液状)からパルプをふるい分けるとともに異物を除去する工程に使用されるものである(出願当初明細書;4頁7~14行、本件特許の公告公報;2欄19~25行)ところ、紙パルプの原料から、パルプと異物とを効率よくふるい分けることを目的としている。

これに対して、引用発明は、平板状の多孔板が、すでに異物が除去されて最終紙となるパルプ(水溶液状)をヘッドボックスからワイヤに供給する工程に使用されるものである(原文1欄37~55行;訳文1頁最下段落~2耳最上段落及び第1図参照。)ところ、ヘッドボックスに最終紙となるパルプを均等に分配することを目的としている。

<2> このように、両者は、目的が相違するものではあるが、その目的を達成するために採用している構成は、いずれも、溝の下流側を傾斜面に形成している点では共通する。

ところが、かかる構成に基づく機能(作用)は、以下に述べるとおりそれぞれ相違する。

本件特許の明細書には、

「スクリーンプレート付近には、3層の分離パルプ層がスクリーン半径方向に形成される。これらの層の繊維及び木ぎれ含量は異なっている。スクリーンプレートに最も近い層は最良品質の繊維を含んでおり、次の層は長い繊維、堅い繊維束及び木ぎれを含んでいる。」(同;7頁8~15行、同公報;4欄4~9行)、

「ふるい分け効率の点から、強力な動液圧流を、スクリーンプレート表面に隣接する最良品質繊維層のふるい目付近で作月させることが肝要である。しかし、動液圧流は、木ぎれ及び繊維束含量が多い、ネットを形成する層に阻まれて、自由に移動できなくなる。本発明によるスクリーンプレートは軸方向に流れる流れに対して自由空間を残すことにより、上記ネット層に起因する不利な効果を軽減する。ネットは溝底部に接触できない。さらに溝の両縁及び溝頂部に付着したネットは、半径方向の流れを阻止するため、軸方向の流れが増す。」(同;7頁17行~8頁9行、同公報4欄12~23行)、

「円滑にふるい分けたい場合、又は例えば振動スクリーンの場合は上流側面を、スクリーン面の外皮面に対して垂直にするとともに、下流側面を外皮面に傾斜させる。」(同;10頁11~14行、同公報;5欄17~20行)及び

「第1図に示す様に、軸線と平行する溝2はスクリーンドラム1の内面に形成されている。パルプはスクリーン内で、矢印B方向に回転されると同時に、回転軸の方向に移動してドラムの廃棄物質端に向かう。移動の円周方向の分力は、軸線方向の分力よりかなり大きいため、溝の方向と、パルプの流れ方向との角度はほぼ直角になる。」(同;11頁1~8行、同公報;5欄23~29行)等が記載されていることが認められる。

そうすると、本件特許発明は、円筒プレッシャスクリーンプレートに設けられた溝の下流側に形成された傾斜面により、孔の下流側で異物を含んぎ紙パルプの原料が滞留することなく円周方向に移動するとともに、回転軸の方向に移動しつつ、溝に設けられた孔からスクリーンプレートに近い層にある最良品質の繊維のパルプを分離し、最終的には、ふるい分けされないパルプと異物とを円筒プレッシャスクリーンプレートの排出側(廃棄物質端)へ移動する、という機能をなすものであることが推認される。

これに対して、引用発明は、平板状の多孔板に設けられた孔の下流側に形成された傾斜面により、最終紙となるパルプを孔の下流側近傍で停流(滞留)することなく多孔板に沿ってその下流側へ移動するとともに、最終紙となるパルプッヘガドボックス内に均等に供給する、という機能をなすものであることが認められる。

そうであれば、本件特許発明は、異物を含んだ紙パルプの原料をふるい分ける工程に使用さる円筒のスクリーンプレート(円筒の多孔板)であるのに対して、引用発明は、最終紙となるパルプをヘッドボックスからワイヤに供給する工程に使用される平板状の多孔板であるという相違により、両者は、それぞれ孔の下流側に形成された傾斜面のなす機能が相違している。

<3> そうすると、引用発明は、本件特許発明とその目的及びその多孔板のなす機能が相違するから、引用発明の、パルプを均等に分配するヘッドボックスに使用される多孔板の構造を周知の円筒プレッシャスクリーンプレートに適用することが当業者にとって容易になし得ることであるともいえない。

そして、本件特許発明は、円筒プレッシャスクリーンプレートに「ふるい分けされる物質の流れ方向と交差する方向に伸びた複数の溝を有し、各溝は外皮面に対してほぼ直角である上流側面と外皮面に対して60乃至5度の角度で傾斜している下流側面とを有し、各溝の低部には複数のふるい目が配設されている」という構成を採択したことにより、紙パルプの原料を効率よくふるい分けることができる、という引用発明からは期待し得ない効果を奏するものである。

したがって、本件特許発明は、引用発明と甲第2~第4号証にみられる如き周知の円筒スクリーンプレートとから当業者が容易に発明をすることができたものである、ということはできない。

(4) 請求人の主張について

なお、その他、請求人が主張するところについても検討した結果は、以下のとおりである。

請求人は、本件特許発明と引用発明とは、ともに紙を製造するという、共通の技術分野で使用されるものであり、ともに目詰まりを防止することを目的としていることを考慮すれば、スクリーンプレートが円筒状のものは、甲第2~第4号証に開示されているように周知であり、引用発明のヘッドボックスの多孔板を甲第3号証にあるように丸めることにより簡単に製造できるから、スクリーンプレートが円筒状である点は当業者が容易にできる設計変更にすぎない旨、また、甲第1号証に記載されている溝の形状を甲第3号証及び甲第4号証に記載されている円筒プレッシャスクリーンプレートに適用したにすぎなく、その作用効果も格別でない旨主張する。

しかしながら、本件特許発明と引用発明とは、ともに目詰まり防止を発明の直接の目的とするものでなく、前述したとおり、その目的及びその多孔板のなす機能が相違しているので、上記請求人が主張するような理由で、本件特許発明を当業者が容易に想到し得るというには、飛躍がありすぎ、請求人の主張は採用できない。

また、請求人は、参考資料21(特開昭59-43187号公報)、参考資料22(特開昭59-106593号公報)に示されているように「ヘッドボックスとスクリーンとを一体にする」思想は、本件特許の第1国出願前から存在していたとして(請求人の平成8年5月17日付の口頭審理陳述要領書1の11頁<3>項)、本件特許の第1国出願当時「ヘッドボックスとスクリーンとを一体にする」技術思想があったことを考慮すると、本件特許発明は容易に発明をすることができたものである旨(同要領書1の19頁 E項)主張するが、同参考資料;特開昭59-43187号公報及び特開昭59-106593号公報は、いずれも本件特許の第1国出願の出願日前に頒布されたものでないから、容易推考性の資料とすることはできず、請求人の主張は採用できない。

さらに、請求人が提出した各参考資料、及び平成8年7月12日付の上申書をも参酌して検討しても、本件特許発明が、甲第1~第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである、とすることはできない。

(5) したがって、「本件特許発明は、甲第1~第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである」旨の請求人の主張は理由がない。

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